菜園主は間引きが苦手だ。それは菜園主が不器用だからではなく、座ったままの作業がしばらく続くので足腰が痛くなるというのが正しい理由かもしれない。しかしながら家庭菜園活動家を自称する菜園主には間引きは避けては通れない。だから渋々間引き作業を行ったかもしれない。正直なところ、菜園主にしか分からないところだ。
菜園主はブツブツ言いながら間引きを行った。「んー」とか「う〜ん」とか答えようのない質問を女の子にされて困っている男の子のように。あるいは考えているフリをしてうなるような感じで。
菜園主には間引きが野菜栽培には重要な一工程であることも理解している。もったいないとか思っていると良品が収穫出来ないことも理解している。それなら早く間引けばいいじゃないか。8月25日に播種したニンジンは15センチ程度の大きさになり、菜園主は、競わせながら育てると大きく育つセリ科だからしばらく放置していたのさと強がる。やれやれ。先送りした日が暇じゃないんだから。
また菜園主はニンジン栽培が得意ではない。多くは発芽が上手にできないことと間引きが苦手なことに起因しているのだが、それでもニンジン栽培を試みているのは家庭菜園活動家ならではの矜持だろうか。
ネットを開いて中を見てみる。発芽率はよいのだが、以降の成長にバラツキがある。正規分布だな、とか意味不明なことを口にした後で菜園主は苦笑した。成長のよいものはこのような感じだった。菜園主は喜んだ。
でもどうして成長にバラツキが出るのだろうかとも思った。種の問題? 覆土の問題? それとも・・・? 菜園主は考えるということが好きだった。だから多くの事象を積み上げた上で仮説思考を試みるというクセを持っている。だが、今やるべきは間引きだと思い返した菜園主は、しばらく思考の渦中にいた意識を間引きへと集中させるように試みた。
ぶつぶついいながら間引きを行っていると、菜園主は無心になることが出来た。やがてぶつぶつ言うこともなくなり、無言で間引き作業に没頭する。やがて間引きが終わると立ち上がり、一息ついた。
そして思った。間引きをすることで野菜たちと向き合うことが出来る、と。だから観察することも大事だが、一株ずつじっくりと眺めることが出来るのは間引きをしている時かもしれないと。
そう思うと菜園主は少し心晴れやかな気持ちになった。そう、野菜と向き合う。いい言葉じゃないか。
このように一穴一株にした後で菜園主は追肥した。大きくなるんだよ、と語りかけながら。さしずめその姿は端から見るとおかしな光景だったかもしれない。ここまで大きくなってくれてありがとう、という感謝の気持ちと、もっと大きくなるんだぜという期待と入り交じった感情がそうさせたのだろう。菜園主は時として人間以外の「モノ」に話しかけることがある。妙なクセだ。
ニンジンの畝にはサラダほうれん草と聖護院大カブが育っている。
菜園主は満足したらしかった。なぜなら聖護院大カブの葉色を見たときに適正な肥料設計だったと確信したからだった。葉色は雑木林の下に生える草と同じ色が望ましいと、どっかの偉そうな本が偉そうに書いた記事で読んだことがある。
菜園主は苦手だと思い込んでいる間引きを終え、同じ畝で成育中のほうれん草とカブを観察した後で虫除けネットをかけ直した。もうこれで人間が手をかけることはない。あとは野菜自身の力で大きくなるんだよと願いながら。でも今年は秋が早かったから年内にニンジンを収穫するのは難しいかもしれないなと思った。それでも菜園主は満足していた。それは間引きが終わったからなのか、野菜と向き合えたのか分からない。