自称週末ファーマーの菜園ブログ

人と向き合う代わりに犬と野菜と向き合い、出不精な性格ながらも少しでも進化しようとささやかな努力を続ける中年の趣味のお話。たまに出てくる仕事の話はストレス発散目的

第6話 経済学・経済政策③ マクロ続き ~自称週末ファーマーの国家試験受験記~

※これは学習を開始したときの感想を記述したものだ。おおよそ一年前のことを書き連ねている。

 

いやいや、マクロ経済学は楽しい。スピテキを読んでいるだけでこんなに楽しいとは。スピテキは少々分かりづらい表現もあるけれど、何せ範囲が膨大だから気にせずに読み飛ばすとしよう。でも、こんなペースじゃいつまでたっても終わらないな。先を急ぐことにしようか。次は資産市場の分析だ。資産=貨幣+債券と括ってしまおう。

 まずは大事な仮定がある。
①財市場は分析しないので国民所得は一定
労働市場も分析しないので物価は一定
③海外は考えない
④貨幣と債券だけ考える
ということだ。次に利子率についてはっきりさせておく。債券で約束した利子率は確定利子率であり、市場で変動するのは市場利子率とする。市場利子率が上昇すれば債券は不人気になる。だって債券の利子率は確定しているので市場利子率>確定利子率ならば誰も債券を需要しなくなるから。不人気になると債券価格は下落する。つまり、『債券価格は市場利子率の減少関数』であることが分かる。ここまでは順調だ。
次に中央銀行の役割か。ここは中学生の公民レベルだな。中央銀行が直接的に供給した現金をハイパワードマネーと呼んでいる。
そのハイパワードマネーが繰り返し貸し出しと預金を繰り返すことで預金創造(信用創造)となるわけだ。貨幣乗数の定義がある。これもよし。
次いで利子率の決定について。ケインズ貨幣需要の動機には三つがあると考えた。一つ目は取引的動機、二つ目には予備的動機、三つ目は投機的動機だ。取引的動機と予備的動機による貨幣需要を取引需要といい、投機的動機による貨幣需要を資産需要というらしい。資産需要は利子率の減少関数であるとしている。これは『流動性選好理論』と呼ばれる。あ、ここで資産とは債券のことね。以上から、貨幣需要曲線が導出できる。

次は貨幣供給について。貨幣供給は名目と実質の二つを考える。名目貨幣供給量は中央銀行が一定量にコントロールしていると仮定し、また労働市場で決定する物価は一定だと仮定しているので実質貨幣供給量も一定。先ほどの貨幣需要曲線と実質貨幣供給曲線から利子率が決定されるというわけ。
さ、次。
次はケインズの投資の限界効率理論だ。
ポイントは投資より得られる将来の収入の割引現在価値の合計と投資費用が等しくなる割引率を投資の限界効率といい、投資の限界効率が利子率よりも大きくなるとき投資が行われるということ。なんだかNPVとかIRRとかの世界だな。つまりは利子率が下落すると投資が増えるということだ。だって利子率は負債コストだと言えるからね。

次のテーマは金融政策だ。しかしマクロは漢字表記が多いな。このあたりも中学の公民レベルだ。公開市場操作、日銀貸付、法定準備率操作ね。で、公定歩合操作。こいつはアナウンス効果くらいにしかならないってか。へー。金融緩和策は名目貨幣供給量を増やすこと。ハイパワードマネーまたは貨幣乗数を通じて貨幣供給量を増やすということだ。貨幣供給量が増える→利子率が下落する→投資が増える→完全雇用の実現、というシナリオだ。金融引き締めはその逆を考えればいいやね。それと金融政策が無効になるケースも存在するようだ。一つには「経済が流動性の罠」のケース。二つ目には投資の利子弾力性がゼロのケース。理屈まで理解できた。

スピテキを読んで「あん?」と思った箇所が次だ。

それは古典派の貨幣観だ。
古典派の考え方はこうだ。まずは利子率は実物資本の需給で利子率が決定されるということ。実物資本の需要は“投資”であり、実物資本の供給は“貯蓄”であるということだ。スピテキだけじゃよーわからん。
また古典派は貨幣需要は取引需要のみとし、貨幣供給量を増やせば増やしたぶんだけ物価水準も高くなると考えた。
古典派の考え方は貨幣市場で決まるのは物価水準のみとし、貨幣供給量を増やしてもなんら実物経済に影響を与えないとしている。
これを貨幣のベール観というようだ。スピテキでは貨幣の中立性と書いてあるけどね。

ハイ、次。財市場と貨幣市場を同時に分析するIS-LM分析に入る。
まずは大事な仮定。物価は一定。閉鎖経済の二つ
IS曲線とは財市場が均衡する国民所得と利子率の組み合わせの集合だ。ただの説明。IS曲線は通常であれば右下がりの曲線となるが、垂直な場合は投資の利子弾力性がゼロのケースだし、水平の場合には投資の利子弾力性が無限大の場合を意味する。IS曲線はその傾きが緩やかなほど利子弾力性は大きく傾きが急なほど利子弾力性は小さい。なお、IS曲線は導出されている。なお、このIS曲線は、限界消費性向が大きいなら限界貯蓄性向は小さく、傾きは緩やかだとし、限界消費性向が小さいなら限界貯蓄性向は大きく、傾きは急だとしている。
次はLM曲線。
貨幣市場が均衡する国民所得と利子率の組み合わせの集合。通常はLM曲線は右上がりの曲線となる。水平の場合は流動性の罠のケースだ。IS同様に、LM曲線の傾きが緩やかな場合は貨幣需要の利子弾力性は大きく、所得弾力性は小さいLMが急な場合には利子弾力性は小さく、所得弾力性は大きいと導出されている。
で、肝心のIS-LM分析についてだ。
まずはISまたはLM曲線のシフトについて理解する。財政政策を行えばISがシフトするし、金融政策を行えばLMがシフトする。金融政策では経済が流動性の罠のケースでは金融緩和策は無効だとしている。
一方で、財政政策では拡張的財政政策を行えばISが右にシフトするが、国民所得が増加することで同時に利子率も上昇し、それによって生じるクラウディングアウトを考えなくてはならない。

通常のケースでは、拡張的財政政策を行うとクラウディングアウトが生じ、財政政策の効果は少なくなることが分かっている。さらに経済が流動性の罠のケースでは拡張的財政政策はクラウディングアウトを生じさせず、きわめて効果が大きいことが知られている。逆に投資が利子非弾力(投資の利子弾力性がゼロと同意)の場合、すなわちIS曲線が垂直のケースだが、このISが右にシフトすることで国民所得が増加。利子率は上昇しているように思えるが、投資の利子弾力性がゼロのため、投資は増えない。つまりクラウディングアウトは発生しない。だから財政政策は有効だという結論になる。
ついでに初期ケインジアン世界恐慌のような大不況期では金融政策の効果はないが、財政政策はきわめて効果的だとしている。

続いては公債の経済効果について触れます。公債、つまり国債や地方債は市中消化が原則。中央銀行引受は多くの国では禁止されている。市中消化の場合と中央銀行引受の場合ではIS、LMのシフトが異なる点に注意が必要だ。公債の市中消化の場合にはISが右シフトのみ。中央銀行引受の場合には中央銀行が引き受けて、その分のカネすなわちハイパワードマネーを拠出するのでLMが右シフトするし、公債発行は財政支出の増加を意味するからISも右シフトする。

さらに進めよう。次は労働市場の分析だ。労働市場で決まるのは物価であり、ここでは閉鎖経済(海外を考えないこと)という仮定を置く。
初めに労働需要量から。企業は雇用量を決定する条件として労働者を増やしてもこれ以上利潤が増加しないということを挙げている。つまり利潤最大化条件としての労働需要量は労働者を増やしてもこれ以上利潤が増えないとき。これを古典派の第一公準という。
いきなりここで古典派の考え方が登場しているので混乱しないようにしたい。
古典派の第一公準を定義すれば、「労働の限界生産力は労働需要量の増加とともに減少する仮定を置くと、限界生産力と実質賃金率が等しくなる点で労働需要量を決定する」ということだろうか。実質賃金率は名目賃金率を物価水準で除したもの。古典派は常に実質賃金率で考えるのだ。
ちなみに実質賃金率が下がるほど労働需要量は増加するんですね。
次に労働供給量の決定だ。
ここでは限界不効用は労働時間とともに増加するという仮定を置く。要するにタダ働きするとソンだから不満が増えるよね、ということだ。
古典派の第二公準と呼ばれている、「家計は、効用最大となる限界不効用と実質賃金率が等しくなるところで労働供給量を決める」という考えについては実質賃金率が増えれば労働供給も増えるという結論だけ押さえておくのがよい。
労働市場の分析の前になぜ古典派の考え方が出てくるかというと、古典派は実質賃金率は伸縮的に動くと考え、実質賃金率が上下することで常に完全雇用を実現できるので非自発的失業は存在しないという考えと比較しなければならないからだ。
そこで、ケインズ労働市場についての考え方を整理してみる。
ケインズ名目賃金率は下方硬直的と考えた。実質ではなく名目。ケインズ実質賃金は下がりにくいので労働の超過供給が発生するとし、非自発的失業は発生するという立場をとっている。

古典派は実質賃金率は伸縮的で、常に完全雇用であり、非自発的失業は存在せず、常に完全雇用GDP。
一方でケインズは、名目賃金率は下方硬直的であり、非自発的失業は存在し、失業は解消しない、という考えに違いがある。

さぁ終わりが見えてきた。
次はAD-AS分析だ。AS曲線、総供給曲線について、ケインズ派と古典派で考え方の違いがある。まずはそこから。ケインズ派は総供給曲線を「企業が利潤最大になるように労働需要量を決定する国民所得と物価の組み合わせの集合」とし、古典派の第一公準と貨幣賃金率一定の仮定から右上がりの曲線になるとしている。
一方、古典派は総供給曲線を「労働市場が均衡する国民所得と物価の組み合わせの集合」とし、物価水準に関わらず常に完全雇用であるため、総供給曲線は完全雇用GDPで垂直な曲線となるとしている。
総需要曲線ADは財市場と貨幣市場が同時に均衡するGDPと物価の組み合わせの集合であり、右下がりIS・右上がりLMのときADは右下がり。また、右上がりAS・右下がりADのとき、金融緩和策、拡張的財政政策はADの右シフトとなり、

AD右シフト→GDP増→物価増→実質貨幣供給量減→効果少ない 

とした。
さらに古典派の垂直なASの場合には、金融緩和策、拡張的財政政策はADを右シフトさせ、

AD右シフト→GDP増えず、物価のみ増 

とした(これは貨幣ベール観ですね)。

ここで古典派とケインズ派を体系的に整理してみる。
ケインズ派は  
      財市場 → 国民所得
      貨幣市場 → 利子率
      労働市場 → 物価  が決まるとし、雇用量は最後に決まる とした。
古典派は
      財市場 → 利子率
      貨幣市場 → 物価
      労働市場 → 雇用量  が決まるとし、そもそも非自発的失業はないのだから最初から雇用量が決まっていてそれも完全雇用GDPが成り立っているとした。

ふ~。
次はインフレ。インフレの種類やインフレの原因は覚えるだけだ。
インフレは債務者に有利で債権者に不利な所得再分配効果がある。つまり債権者から債務者への所得移転っつうことだ。
あまりストーリー性はないけど、
フィッシャーの方程式は、実質利子率=名目利子率-インフレ率 と表され、古典派の貨幣数量方程式として、M=kPY (M;貨幣供給量  k;一定の定数  Y;完全雇用GDPで一定  P;物価)も。貨幣供給量の増加はそのまま物価を押し上げるだけという考えを式で示したものですね。フィリップス曲線フリードマンの自然失業率仮説、合理的期待形成学派の考え、といったものもあるらしい。

ふはー。疲れた。
次は国際収支と外国為替レートについてだ。国際経済論に入ったわけだ。
まずは国際収支の体系を押さえておこう。為替レートに影響を与える考え方が三つか。
超短期のアセットアプローチ、短期のフローアプローチ、長期の購買力平価説か。
為替相場は二種類。変動相場制と固定相場制だね。固定相場制はレートを維持するために中央銀行が介入する必要があるんだ。あとは金利平価説という考え方もある。
Jカーブ効果とマーシャル・ラーナー条件というのも押さえておこう。

さ、最後のヤマだ。IS-LM-BP分析だ。まずは大事な仮定を示す。
労働市場は考えない。物価一定。自国通貨=円、外貨はドルとし、貿易収支=経常収支とする。マーシャル・ラーナー条件を満たし、静態的為替レート期待を仮定。小国の仮定もおき、外国GDPや国際利子率などは一定とする。IS曲線は右下がり、LM曲線は右上がりとする。以上、仮定おわり。
BP曲線とは、国際収支が均衡する国民所得と利子率の組み合わせの集合をいう。
BP曲線については次のように場合分けしておく。
①資本移動が完全に自由なケース → 国際利子率でBP曲線は水平
②資本移動がないケース  → あるGDPのところでBP曲線は垂直
③資本移動が不完全なケース  → 右上がりのBP曲線
さらに、資本移動が完全に自由で、変動相場制の場合をマンデルフレミングモデルというが、この場合は金融政策効果大、財政政策効果ナシ。
また、国際収支=経常収支+資本収支と簡略化して考えると、
資本移動が完全に自由で、固定相場制の場合は、金融政策は無効、財政政策は効果大としている。
資本移動が自由な場合は、資本収支を考慮すること。海外資金が流入すれば資本収支は黒字化。逆に流出すれば赤字化だ。
資本移動がない場合は資本収支は考慮しないから、国際収支=経常収支(貿易収支)となるね。これらを踏まえてIS-LM-BP分析の各論に入ろう。

IS-LM-BP分析ではシナリオを正確に理解することと、結論を押さえることが重要だ。まずは資本移動は完全に自由で変動相場制で金融緩和策を行ったケース。
シナリオはこうだ。
中央銀行が名目貨幣供給量増やす → LM右シフト → 国際利子率下落 → 海外資金流出 → 資本収支悪化 → 円安ドル高 → 輸出増・輸入減 → 貿易(経常)収支改善 → 財市場の需要増 → IS右シフト → 国際利子率均衡】   ∴金融政策の効果大
同条件で拡張的財政政策を行ったケースのシナリオ。
【政府による拡張的財政政策 → IS右シフト → 国際利子率上昇 → 海外資金流入 → 資本収支改善 → 円高ドル安 → 輸出減・輸入増 → 貿易(経常)収支悪化 → 財市場の需要減 → IS左シフト → 元の水準に戻る】      ∴財政政策無効
続いて、
資本移動が完全に自由で固定相場制で金融政策を行ったケース。
シナリオは以下。
【金融緩和策でLM右シフト → 国際利子率下落 → 海外資金流出 → 資本収支悪化 → 中央銀行による円買いドル売り介入 → ハイパワードマネー減 → LM左シフト → 国際利子率均衡】 ∴金融政策無効
最後に、
資本移動が完全に自由で固定相場制。財政政策を行ったケースのシナリオ。
【拡張的財政政策でIS右シフト → 国際利子率上昇 → 海外資金流入 → 資本収支改善 → 中央銀行による円売りドル買い介入 → ハイパワードマネー増 → LM右シフト → 国際利子率均衡 → GDP増加】  ∴財政政策はきわめて有効

次のテーマはマクロの消費理論だ。一読したときはよく理解できなかった。
まずは消費理論の三大仮説を押さえよう。
モジリアーニなどによるライフサイクル仮説。これは一生涯で使える金額と消費がバランスするように消費するという考えだ。
二つ目はフリードマンによる恒常所得仮説だ。これは消費は現在の所得によって決まるのではなく、恒常所得(長期平均所得)によって決まるという考えだ。
三つ目は相対所得仮説。現在のその人の所得そのものによってのみ決まるのではなく、過去の自分や現在の他人の消費の影響も受けるというもの。ちなみに、現在のその人の所得そのもので消費が決まるという考えは絶対所得仮説という。
どの仮説も短期ではケインズ型消費関数が当てはまり、長期ではクズネッツ型消費関数が当てはまるという。
ふ~ん、という感じだった。

終わりが見えた。
次は投資理論だ。この場合の投資とは資本への投資という意味だ。資本とは機械や設備を意味する。先に出てきた投資の限界効率理論も該当するんだね。
まずは「加速度原理」。コイツは、投資は国民所得の増加分に比例して投資量が決まるというもの。
次は「ストック調整原理」。望ましい資本量が実現するまで投資が行われるのではなく、その一部が投資として実現されるというもの。
さらに、トービンのq理論というのがあり、これは企業の市場価値を既存資本の買い替え総額で割った値を「q」と名づけ、q>1なら投資実行。q=1でこれ以上投資不要、q<1で投資しないと判断する。
一方、新古典派の投資理論はというと、資本の限界生産力は逓減するという仮定を置くと、望ましい資本量は利潤最大、すなわち(実質)利子率イコール資本の限界生産力となる資本量と現在の資本量の差を埋めるように投資量が決まるというもの。なんだか1回読んだだけでは意味不明な、難解な文章だ(笑)
さらにジョンゲルソンの投資理論は、新古典派の投資理論にストック調整原理の考えを取り入れ、一気に投資するとコスト的に大変なので利潤最大化の観点からも得策ではなく、最適資本量に近づくがすべてではなく、一部が投資されるとした。
これも意味不明だ(泣)

次は景気循環について。
サミュエルソンとヒックスの考え方を整理したあとでマネタリストはどう考えるのかを理解すればいいな。
景気循環の種類は四つ。覚えるだけ。
ヒックスやサミュエルソンケインズ派らしく、価格の硬直性と数量調整の仮定を置き、玉突き理論を考えた。
またマネタリスト価格の伸縮性、情報の不完全性という仮定をおき、短期的には裁量的な金融政策が実物経済に影響を与え、そのせいで景気循環が起こるのだと考えた。金融政策の効果が現れるのに時間的なズレ(ラグ)があるからだね。
そして裁量的金融政策は行うべきではなく、国民所得の成長に合わせて毎年k%で貨幣供給量を増加させるだけが良いとする「k%ルール」を提唱した。
最後に、リアルビジネスサイクル理論。漢字にすると、実物的景気循環論というそうだ。経済は常に均衡状態であり、にもかかわらず景気循環が生じるのは労働供給の異時点間の代替や技術革新などが外部からのショックとして影響を与えるからだと考えた。

やっとマクロの最後の論点だ。
しかも難関論点だ。文章にするのもイヤになる。最初に押さえるべきはハロッド・ドーマー理論(ナイフエッジ理論)だ。これはケインズ派の理論ということになっている。
資本が100%使われたときの成長率を保証成長率とよび、労働の完全雇用を実現するGDPの成長率を自然成長率とよぶ。
ハロッド・ドーマー理論では、現実の成長率と保証成長率、自然成長率は偶然の一致で一致することもあるが、これらを一致させる自動調整機能は持ちえていないので不均衡は拡大していくと考えるので、安定成長を目指すためには政府による介入が必要だと考えた
次に押さえるのは新古典派の成長理論だ。価格の調整機能を信頼し、賃金率や利子率は伸縮的とし、資本係数は可変的という仮定を置く。新古典派は生産要素価格である利子率・賃金率が変動し、資本係数も変動するから保証成長率と自然成長率が均衡すると考える。ゆえに資本係数が上下しながら現実の成長率と保証成長率、自然成長率が一致するという自動調整メカニズムが働くとし、政府の介入は不要だとした
次はソロー・スワンモデル。これは厄介だぞ。
まずは投資は資本の増加量に等しく、財市場の均衡式から、I(投資)=S(貯蓄)だった。I=Sの両辺を労働量Lで割ると、I/L=S/Lとなり、一人当たり投資イコール一人当たり貯蓄となる。つまりは、一人当たり投資の分だけ、一人当たりの資本量が増加するということだから、一人当たりの貯蓄は一人当たりの資本量を増加させる。また、一人当たりの資本量は、労働人口増加率を一定と仮定すると、労働人口が増加するほど一人当たり資本量は減少する。すなわち、一人当たり資本量を減らすのは労働量だといえる。ソロー・スワンモデルでは、一人当たり資本量を増やす一人当たり貯蓄と一人当たり資本量を減らす労働量が等しくなる点で一人当たり資本量が均衡する
と考える。「一人当たり」で考えるのがソロースワンモデルなんだよね。

マクロの最後は「成長会計モデル」と「内生的成長理論」だ。
成長会計モデルは全要素生産性という言い方をし、技術進歩率つまり全要素生産性がもっとも経済成長に寄与するといった考え方だ。
さらに内生的成長理論は、技術進歩をある要因によって変化する内生変数と考え、その技術的進歩の要因についても分析使用という考えのことだ。中でも「AK理論」とかいうのが代表的らしいが、通常の資本だけでなく教育や研究開発を含む広義の資本ストックの成長が経済成長をもたらすと考えるらしい。

 

こうして各論を詳細に見ていくとミクロもそうだったけれど、マクロも「仮定をおいて考える」ことを重視しているのが分かる。つまり、論点に応じた仮定があり、その仮定をしっかりと把握しないと正確に理解するのが難しいということだ。これを本当に理解したのは一次試験の合格発表後であり、今、こうしてレビューしているとそれがはっきりと理解できた。

来年の一次試験に向けて、今年の一次試験未通過のプロセスを振り返るのが本テーマの主旨であり、一次試験科目残り四科目をただ突破すればいいというわけではないのだ。むろん、試験というものは突破、資格取得が目的であり、プロセスなどどうでもよいと
考えるきらいもあるのは承知しているがこうして振り返ることナシに一次試験を再度受験すると同じことを繰り返してしまうのではないかと思うのだ。


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スピテキを読破した著者はスピ問に着手することになる。
そしてこれがまた苦労の始まりでもあった。