自称週末ファーマーの菜園ブログ

人と向き合う代わりに犬と野菜と向き合い、出不精な性格ながらも少しでも進化しようとささやかな努力を続ける中年の趣味のお話。たまに出てくる仕事の話はストレス発散目的

やれやれ、2月も終わっちゃうよ

気づくともう2月も終わりに近い。

2月の次は3月だ。また3.11がやってくる。6回目の3.11。

 

あの日、あの時刻、職場にいたのだがその日は避難訓練を実施していた。

避難訓練は13:30から行われた。

そんなに大規模な避難ではなかったので14:30には一段落していた。持ち場へ戻り一息つくとドカンという縦揺れを感じた。こいつはすごい揺れだなぁとか思っているとなかなか揺れが収まらない。

ここんところ地震多いよなぁとか同僚と話をしていると再び大きな揺れが来た。

避難訓練よろしく全従業員への避難指示を出した。時計を見ると14:47を指していた。

外へ出てもまだ揺れは続いていた。となりの建物の側面の壁が大きく揺れていた。

その後、停電。翌日朝まで停電は続いた。

 

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翌日、新聞が無事に届いていた。そこにはショッキングな紙面があった。幸いにも自宅は何の被害もなく、日常生活には問題はなかった。自家用車に入っているガソリンが半分少ししかなかったのが気になったが車は使わなければいいのだ。それに耕耘機に使用するガソリンの買い置きが10リットルほどあった。

やれやれだと思った。この日は春夏エリアの耕耘作業を行う予定であった。耕耘機にガソリンを使ってもいいのかな?とか思ったが自宅でふさぎ込んでいても仕方がない。予定通り耕耘機を菜園に持っていって耕耘作業を行ったことを覚えている。

菜園にいても何度か余震があった。

 

当ブログ管理人には仙台市内に祖父母、叔父、叔母、従兄弟がいる。電話は不通だし、携帯もつながらないでいた。

少し心配だった。なぜなら祖父母の住む家はおんぼろの平屋であり、自宅の裏には山があったからだ。津浪被害ではなく、家屋の倒壊、土砂崩れ等の心配だった。結果的には祖父母をはじめ、親類は皆無事であった。

 

カレンダーを眺めていたら、3/11は金曜日だった。

2011年以来の金曜日。