自称週末ファーマーの菜園ブログ

人と向き合う代わりに犬と野菜と向き合い、出不精な性格ながらも少しでも進化しようとささやかな努力を続ける中年の趣味のお話

斉一性の圧力を好まない我が家のロクロウ

当ブログ管理人は人と群れるのを好まない。あの斉一性の圧力が嫌いなのだ。だから村上春樹の小説が好きなのかもしれない(笑)

だから凝集性を重んじるような組織においてはかなり浮いた存在になる。それが自分だ。当ブログ管理人はそれを自覚しているから他人にどう言われようが全く気にしない。ホント、日本人は集団行動が好きらしい。

 

歴史を見れば明らかなように、日本人は洗脳されやすい民族だ。斉一性の圧力、凝集性の名の下に大東亜戦争に向かっていった事実をご存知だろう。“感情”とか“ナショナリズム”といった類いのものが罪悪であることは日本人なら理解しておかないといけない。近年のイラク戦争もその一例だ。

 

当ブログ管理人と同じように斉一性の圧力を好まず、凝集性を否定している犬がいる。それが我が家の愛犬ロクロウだ。

ロクロウはシバイヌであるが、彼には友人と呼べるイヌが少ない。犬世界に友人という概念があるかどうかはともかく、我が家のロクロウには友人と呼べる犬がわずかしかいない。

当然に、それは飼い主がそう思っているだけかもしれないし、当のロクロウはそんなふうに思っていないのかもしれない。友人と認定された(?)相手の犬にとってみればそれもはなはだ迷惑かもしれない。

リストアップしてみよう。すぐ終わるから。

まずは、くーちゃん。彼女(そう、くーちゃんはメスだ)は白いシバイヌでロクロウとは古くからの友人だ。くーちゃんはともかく、ロクロウにとっては気の置けない間柄だと言ってよいだろう。

次に、シロウくん。オスの甲斐犬だ。正直言うと、その甲斐犬はおそらくロクロウをただの暇つぶし相手としか思っていないようである。

最後に、ぼんちゃん。性別不明。犬種不明。ぼんちゃんはロクロウが好きらしい。ロクロウもまんざらではないようだが、ロクロウはぼんちゃんよりもくーちゃんの飼い主さんのほうが好きらしい。

挙げてみるとこれだけなのだが、

先日、不思議な光景に出くわしたので紹介してみたい。

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これは、近所を散歩中、向こうの方からてけてけ歩いてくる年老いたミニチュアダックスとロクロウが戯れる光景だ。

ロクロウに匂いを嗅がれて「あー、いやだいやだ」と体をかきむしるミニチュアの光景とでも言おうか。

最初はお鼻同士をくんくんさせていた。これだけでも珍しい。

ところで、このミニチュアダックスはちゃんと首輪をしていたのだが、なぜ独りでいるのだろう? お家から脱走したのかこれから散歩に行くところなのか分からなかった。

 

意外と孤高を気取るロクロウだが、来る者は拒まずって感じだった。